茂吉の一本道

茂吉の歌

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雪解けを迎えて 栗駒山

斎藤茂吉の自選歌集「朝の蛍」(昭和4年)を読んだ
断り書きによるとこの歌どもは大正7年から大正十四年までの約6年間の歌から拾っているという。作品にすれば「赤光」から100首「あらたま」から250首選び,計350首にまとめられている。今までにあまりやったことはなかったが「朝の蛍」から自分の中にじんわりと沁みた歌を選んでみた。

いちめんに唐辛子あかき畑みちに立てる童の
まなこ小さし

土のうへに赤棟蛇(やまかがし)遊ばずなりにけり入日あか
あかと草はらに見ゆ

水のうへにしらじらと雪ふりきたり降りきた
りつつ消えにけるかも

「に」の使い方に注意すべし
選んで気付いたのだが「畑みちに」「土のうへに」「水のうへに」と「に」の一音が敢えて入っている。これは声に出して読んでみるといかにも一音多い分だけ「に」の音が切っ先鋭く,鋭角的に感じられる。そして無理に前句の景色との関連を図らせるためか強い指定を伴っているようだ。なにかそこに強いこだわりが感じられるが,写真をしている私などは「に」という強い方向性を示すこの語は,ワイド画面からズームアップしていく手法を文字で行うとこうなるのだという「に」に感じられる。一首の歌の画面,その画面内でのズームアップをさせて見せたいものに迫っていく茂吉の表現上の技であるようだ。

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新田の見晴らし

次に「死にたまふ母」(大正二年)からです。
山いづる太陽光を拝みたりをだまきの花咲き
つづきたり

のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁にゐて足乳根(たらちね)の母は
死にたまふなり

蕗の葉に丁寧にあつめし骨くづもみな骨瓶に
入れしまひけり

茂吉が使う東北の春の色
おだまきの花,燕,蕗の葉といずれも東北では丁度今頃新緑が濃くなっていく時期に見られるものです。萌え立った後の周りの色がいよいよ冴えている様子と母の死という決定的な悲しみを上っ面な感情の言葉を敢えて添えずに完結させた茂吉の決定版の歌歌ですね。これらは母の死に敢えて感傷を加えず,人の死を生き物の死,自然の摂理として捉える東北の風土に根ざした態度がうかがえるような気がします。確かに茂吉の母は大正二年五月二十三日に亡くなりました。
この歌歌を眺めていますと,色彩が鮮やかに頭に残ります。山から出た朝の光の赤,見わたす限りの深く青いおだまきの花々,赤赤とした荼毘の炎,白い骨を集めた緑濃い蕗の大きな葉。茂吉の歌のもう一つの特徴は東北人が知る半年にも及ぶ冬から明けた東北の自然のビビットな色なのです。

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麦畑寸景

あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我
が命なりけり

かがやけるひとすじの道遙けくてかうかうと
風は吹きゆきにけり

思い極まれり
茂吉の歌う道は実にはっきりと重々しく朝夕の薄明に浮き上がります。茂吉は一本道を歌は取り上げて傑作を生みます。重厚にして簡潔。大胆にして濃厚です。今まで道を歌った歌人は様々にいるでしょうが,茂吉の道の歌はなぜこれ程に訴えかける力強さを備えているのでしょうか。
私が思い出す道は東山魁夷の「道」です。ちょっと見て下さい。
ヒガシヤマ カイイ
東山魁夷「道」1950年 魁夷42歳の作

何か一本道には人の心を誘う魅力があります。また人生を道に例えることもあるでしょうし,また未知なるものに向かう自分の道程を表していることも確かでしょう。茂吉の一本道の歌には,前向きに生きようとする自分の精神の孤高さも感じられて,むき出しの思いが強く読む人の心を打ちます。「写生」を基本とした山形生まれの茂吉の東北人の百姓魂さえ感じます。万葉集の中に「君が行く道の長手(ながて)を繰り畳(たた)ね焼き滅ぼさむ天の火もがも」という熱情を歌った歌があります。「あなたがこれから行ってしまう長い道を私の元に繰り寄せて一挙に焼いてしまいたい。そんな天の火があったら」という防人なのか,流刑なのか,とにかくも遠くへ行ってしまう泣き叫ぶような悲しみを激情にまかせて歌ったものです。茂吉の一本道の歌にはこの歌のようなエネルギーに満ちています。茂吉は「写生」から始まり,その自然を突き抜けて極まった感情を自然の静かな情景にそのままに溶け込ませたのでした。昔の言葉で言うと,即自から突き放された自己は他己に投げ出され,そこから新しい自己に還ってきます。その還ってくる自己の運動が自然の情景にエネルギーを与え,遠近感を呈させ,画面に不思議な生き生きとした魂を生まれさせます。写真はまさにこの力によって視る者を魅了します。茂吉は「写生」という手法をもちろん絵画から持って来ますがその写生が短歌に結晶化した作品群が「一本道」シリーズにはあるようです。この茂吉のあかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけりを元にした私の写真を見て,終わりとします。

IMG_5136-4gs坂の途中
茂吉の歌を主題にした一本道